癌患者の付き添い人が最も役に立つとき

ここで書く「付き添い」とは癌患者のために病院に数時間詰めることである。
癌患者と一般向けの面会スペース(たいていロビー)で会うことや、患者に面会スペースへ行く元気がないから例外的に病室で会うことを意味しない。
短時間の暖かいお見舞いは癌患者が喜ぶのでいつでも役立つ。

付き添いに行って本当に役に立てたと思うのは、癌患者の手術前、手術後、延命措置の拒絶の意志を伝えられた時だけである。


1.手術前:「直前の術式変更を理解する」
手術は基本的にきちんと説明されるが、直前に変更されることがある。患者は直前だと自力で十分な情報を得られないので、付き添いが役立つ。

母はすい臓がんが発見されたとき既にステージが進んでいたため切除手術はできず、化学療法をとったが、
治療を進めている途中、癌に胆管が圧迫されたことから急性胆嚢炎となった。
癌で臓器の配置が動いている可能性が高いとのことで、小さな穴をあける腹腔鏡手術ではなく、ズバッと切る回復手術となった。
手術の前に母は主治医から説明を受け、納得してサイン。
ここまではよかった。

当日の手術開始数時間前、主治医は元気いっぱい吉報を持って母の病床へやってきて、メモを渡して言ったらしい。
「今日は麻酔科医が時間が取れるから、全身麻酔じゃなくて、腹直筋鞘ブロックを使うことになった!めったにないことだよ。よかったね!」
母は胆嚢炎でぐったりしながら、逆に不安になったらしい。
麻酔開始40分前に、のこのこと最後の励ましにやってきた私が握手のつもりで差し出した手に主治医の走り書きを渡し依頼してきた。
「いいことなのかよくわからない、怖い。調べて」

その場で、麻酔方式のメリットとリスクをスマホで調べて読み上げた。
母はようやく納得し、安心した顔で手術に向かった。


2.手術後:「後遺症を予測する」
手術や治療を受けた後、患者本人は怖い思いをした分期待が高まり、「大丈夫です。気分がいいです。」と答えがちである。
しかし、手術や治療法にはリスクがあり、その予兆を把握していなければならない。
手術の前には必ず医師がリスクを説明するが、そのリスクに備える情報(予兆の把握)までは教えてくれないのである。

母は手術前に、「胆嚢摘出の後遺症をもう一度調べて」と言っていった。
手術に同意した時点で説明を受けたはずだが、再確認したかったらしい。

術後目を覚ました母に、警戒すべき順と初期症状を読み上げて、復唱したのを確認してから、メモを渡して退出した。
「摘出の後遺症としては、急性膵炎の割合が・・・、膵炎の症状は発熱、激しい腹部の痛み、脈拍の増加・・・」

翌昼にお見舞いに行ったら、すでに本人が異変を察知し、医師に検査を依頼済みだった。
術後に起こした急性膵炎の投薬はすぐに始まり、母は比較的早く膵炎からは離脱できた。


3.延命措置の拒絶:「ほかの家族を説得する」
積極治療を受けるか否かは揉める。
もはやフラフラで話し合いなどできない患者のために誰かがやらなければならないが、これはとても辛い役目である。
だが、患者と家族の意志をまとめない限り医者は方針を決められないのだ。
方針が決まらなければ、ホスピスに入ることもできないし、家族が胎を決めないと、患者は最後の挨拶をいうこともできない。

母はBSCののちも奮闘したが、先進治療も耐えられない体調となったとき、医師と控えた家族の前で「もうこれ以上頑張れない、積極治療はしない」と言った。
即座に、励ましたい、頑張ってほしいという気持ちでいっぱいの家族、親族から「そんなことないよ!」「いくらでも付き合うから!」「あなたはすごいんだから!」と檄が飛んだ。
もちろん私も叫んだ。
母はベッドに突っ伏し、うなだれた後、他のメンバーを病室から出して私を呼び、気力のない自分の代わりに家族を説得してほしいと言ってきた。
「お前には難しいかもしれないが、私の体のことだから、いろいろ勉強してきたからわかる。医者は一生懸命やってくれている。それでもこの状態なんだ。これ以上手はない。私には一人ひとり説き伏せるのはもうしんどい。だからお前から言ってくれ。」
私はぐすぐす泣きながら家族のもとへ行き、母の状況と『私の方が他の人よりもずっと、母に生きていてほしいと思っているのに』という気持ちをそのままぶつけた。
医師に総意を伝えた後、一人ずつ母と話をした。長い話はこれが最後だった。


以上3つが、私が付添人として間違いなくその場にいなければならなかったと思う事例である。
それ以外の時も役には立っていたと思いたい。

病院は看護師が常住しているため、小児や認知症などを除けば、家族の付き添いは不要である。
付き添い人は感染対策が甘いし、相部屋の騒音の原因になる。
患者としても傍にずっと家族がくっついているというのは、パーソナルスペースを侵略されているので神経が休まらない。
私もほかの家族も、母から「ありがとう、今日は帰って。寝たい。」と追い出されたことがある。
それから、お見舞いに行こうとしたら「今日は来なくていい。最近、毎日来てくれるけど、死ぬのを待たれているみたいで嫌。」というメールが来たこともある。

適度な距離を保ちつつ、力になるのは本当に難しいものだ。

癌患者の服装、2つのレーズンをどう隠すか

癌になって以来、母はブラジャーを付けるのを嫌がった。

そこで、ここでは夏場でもブラジャーを付けたくない人のための服装を提案する。冬はコート着てしまえばわからないので割愛。

ただし、この方法はせいぜいCカップまで。

 

癌患者は重粒子線の照射後が痛んだり、ただでさえ癌に圧迫されてきた消化器をこれ以上締め付けるのがしんどかったり、抗がん剤の掻痒感でブラジャーもかゆくてたまらなかったり、とにかくブラジャーを付けたくない、ノーブラで過ごしたいという需要は多いように思う。

母の胸はささやかだが、経産婦なのでTシャツをノーブラで着るとレーズンが2つ、ぽちっと主張する。これは、周りに不快感もしくは好奇心を持って注視されてしまい、患者としては居心地が悪い。これを猫背にならず、平らに隠すファッションが必要である。

 

1.変わったストライプ

斜めに走るストライプや、うねうねと波打つボーダーなど。

マルチカラーだとさらに良い。

普通のまっすぐのボーダーはレーズンの位置を隠せないが、ランダムなストライプ、ボーダーは目くらましになるようで、写真に撮っても透けていない。

綿などもともと生地にムラがあるようなものを選ぶべし、ポリエステルサテンだと派手な柄でもストンと生地が落ちるせいで見えてしまう。

 

2.両胸にポケットがあるシャツ

サファリシャツとも呼ばれるもの。あまり体にフィットしないラインで、生地が柄物だとさらに分かりにくい。

ポケットの生地が2重になるのでれーずは見えないし、ポケットにタックが入っているとさらに分かりにくい。

 

3.胸の部分にしっかりしたレースがあるシャツ

母は白無地に同じく白のごってりとしたレースが付いた半袖ブラウスを持っていた。

レースの位置は胸の上を横一直線、幅7センチぐらい。

全く透けない。かなりフィットした服でも大丈夫だと思う。

今は洋裁用のアイロンでつけれるレースブレードなども売っているので、

綿の厚地のTシャツがあるなら自作も。胸元にレースのあるブラウスだけを抽出できる検索ワードがないので、だらだらネットショッピングするなら、自作の方が速い可能性がある。

レースは厚みがある立体的なものの方が良い。

刺繍でも同じ効果があると思う。

 

4.ベスト、ジャンパースカートを重ねる。

最も確実だが、母はファッションとして好みではなかったらしく、行わなかった。

 

母のノーブラファッションの紹介はここで終わり。

 

 

お見舞いの方や知り合いの女性に「ブラジャーの締め付けがつらい」と相談すると、皆さん親切心で「ユニクロのブラトップは?」と勧めてくださる。

しかし、母はブラトップはアンダーゴムで締め付けられるのが嫌だと、不快がった。

ここからは、母ほどひどくないけど、ノンワイヤーブラはしんどいという方にお勧めのブラもどきを紹介する。

 

5.乳帯

産後の女性が使用する前結びのブラジャーもどきである。カップはない。

綿100%でとても肌に優しいが、前結びがゴロリとファッションの邪魔をする。またファッションによってはレーズンも透ける。

スレが気になるとき、汗が気になるときに病院のパジャマの下に着るにはよい。

 

6.モーブラしゃんと

こちらもMo-Houseという授乳服ブランドのもの。

締め付けはブラトップより少なく、カップはないのにレーズンは全く透けない。

ただ、アンダーには多少着用感を感じる。

 

7.グンゼKireiLabo無縫製ノンワイヤーブラジャー

アンダーゴム無し、全体で支える感じなので、きついのが苦手ならワンサイズ以上大きめを選ぶべし。フルカップのような大きな丸いパットが覆うので全く透けないしシルエットもよい。ただし、夏場は暑いかも。

 

香りのお見舞いーある膵臓癌患者の嗅覚の遍歴

人間の嗅覚にはまだ未解明のことが多いので、この記事はただの忘備録として残す。

母はすい臓がんの病床において、気分転換を求めた。その一つが匂いである。

そしてあわよくば、匂いにより疼痛をやわらげたい、悪夢を見る時間を減らしたいと考えたようだ。そこでアロマの探索が始まった。

 

なお、最初に書いておくが、癌に効くアロマオイルはない。巷ではフランキンセンスが噂だが、あくまで無責任な噂に過ぎない。

当時の私の手帳には、

吐き気には、レモン、カモミール、ジンジャー、スペアミント、ペパーミント、クローブ、ブラックペッパー。

抗がん作用は、ローズ、ゼラニウムパルマローザ、ローズマリー

そして、でかでかと、

フランキンセンス

と書かれている。ネットで調べた情報(ガセネタ)である。

 

私は母とアロマを探索した中で「生活の木」に何度か立ち寄り、店員さんに「癌」の話をしたことがある。あくまで「グレープフルーツのように、『抗がん剤』と併用してはいけないものはないか?」と聞きたかっただけだ。しかし店員さんは、さっと体をこわばらせて「アロマは食用ではない」「薬機法に抵触するため、どの病気に効くなどという話はできないし、アロマは薬ではない」ときっぱりおっしゃった。再度「がんの種類によって苦手に感じる薬は無いか?」ときき、「匂いは人によって個人差があり、わからない点が多いのですよ」という話をして、ようやく購入である。

それまでに前述したアロマはすべて嗅がせてもらったが、ネット情報はすべて立証されていないものだと否定された。

生活の木」のように店舗をいくつも構えたちゃんとした店は、責任の持てないことを言わないし、患者やその家族に甘い期待を抱かせることで売ろうとはしないものだ。

 

以下は、本当に香りの好みは個人差があるうえ、体調によっても好みが変わるよね、という記録である。

 

1.ユーカリ

はじめはオーストラリア旅行から帰国した母の友人が、話のタネにと持ってきてくださったユーカリの乾燥した葉。

これは「爽やかというか草の落ち着いた匂い、面白い」という評価だった。

 

2.シトロネラ

蚊が嫌うアロマとして知られるシトロネラのアロマオイル。癖のあるレモンをツンとさせたような匂いで蚊が大嫌いな私があらかじめ持っていた。アロマに興味を示した母に提供したところ大変に不評で、「蚊だけじゃなくて私でも逃げたい」とのこと。

なお、私の体験上、蚊には効き目を感じないし、私にも刺激臭である。

 

3.ペパーミント

どこかのお土産としてもともと我が家にあったもの。患者曰く「すっとする良い香りだが、ヒリヒリする。あと、好きじゃない」とのこと。この頃患者は抗がん剤の副作用で掻痒に悩んでいた。皮膚が弱くなっていたようだ。

 

4.ライム

痛みを緩和したい、気分転換したいとう要望に応じて私がアロマショップ「生活の木」で購入してきた。すっきり爽やか、きりっとしているので良い気分転換になる、と思いきや不評であった。理由は精油が「有機溶媒に溶けたようなアルデヒト系というか、とにかく溶媒のにおいが残る」とのこと。水蒸気蒸留法なのに?どういうこと?

 

5.ゆず

ぐっすり安眠、リラックスなら、この甘さと汗のにおいがあるゆずでしょう!と私がライムとともに購入、ライムと同じ理由で不評だった。水蒸気蒸留法だよ。溶媒って使うんだろうか?せっかく苦い香りの残る圧搾法より高いものを選んだのに台無しである。

 

6.ローリエ

ライム、ゆずでげんなりしたため、キッチンにあったホールスパイス、ローリエの葉っぱをそのまま渡すが、「古くなっている?かび臭い気がする?」とのことで買い直す。「いい匂いね」と好評。

 

7.ラベンダー

オイルではなくドライフラワー。再び「生活の木」に出向いて購入。お茶用ティーバッグに入れて嗅ぐ。香りが弱いと文句を言うが、匂い自体は好きなようだ。

 

8.バラ

先進治療で入院した時、青山フラワーマーケットで「香りが少ないアレンジメント、お見舞い用」聞いて出してもらったらピンクのバラが入っていた。バラは香りが強い花の代表格だと思うので、店員さんのセンスが謎である。実際弱いが香りはあった。

「すごくきれいだけど、匂いで気持ち悪くなるかもと考えるだけでしんどい。離れたところにおいて」とのこと。見た目はすごく気に入ったようなので残念。

 

9.月下美人

我が家で育てていた月下美人が満開に。虫媒花なので花粉のべっとりするような甘い香りがする。私はいい匂いでお気に入り。癌になる前は母本人も好きだったはずだが、「匂いがくどくて気持ち悪い、服にも体にもまとわりつく」と嫌がり、シャワーを浴びていた。なお花が鈍い父は咲いたことにも気が付かないぐらいの香りである。

 

10.ティーツリー

ホスピスで、「アロママッサージはいかがでしょう?」とのお誘い、ありがたくお願いした。その時、10種類あるアロマオイルセットから母が選んだのが、ウッド系のティーツリーであった。隣で匂いを嗅いでいた私が「ローズ」か「オレンジ」を薦めたが、母は「甘すぎる、むせ返る」と嫌がり、きりっとした「ティーツリー」でマッサージを打行けた。親子でも香りの好みは全然違うのである。食べ物の好みはそっくりなのに。ちなみに私はティーツリーがどうも苦手で施術中にそーっと部屋から抜け出す羽目になった。

 

結論:

もし誰かに香りのギフトをおくるなら、10種類以上匂いがあるお試しセットのようなものを送ること!匂いの好みを当てるのは困難極まりないため。

そして、癌に効くアロマはない。香り成分は鼻から取り込まれ脳に直接触れる、未知の領域が多いなど様々なそれらしい理由が挙げられているが、本当に効くなら製薬業界がもっとしっかり検証し商品化するはずである。

そして、もし効果が立証されたら、ニプロの「経鼻投与デバイス」とか「ネブライザー」とかもっと確実に鼻へスプレーする方式に切り替えるでしょうね。空中に漂わせてから吸うのではなくて。

 

 

癌患者はどうやって移動する?通院って大変!

通院の時、癌患者の移動手段はなんでしょうか?

我が家の場合かかりつけの病院は、タクシーで15分くらい、バス+徒歩でも可能だった。

我が家は積極治療の方針だったため、これ以外に先進治療を受けた。飛行機に乗って治療を受けに行ったこともある。また、かかりつけの病院の検査設備が予約でいっぱいということでやや遠方の大学病院で検査だけ受けたことがある。

こうした移動に対して、いろいろ使った経験から、可能な限り公共交通機関をお勧めする。

 

1.電車

急に具合が悪くなる癌患者には、本当に本当にありがたい移動手段である。

各駅にトイレと駅員室がある。しかも、電車には非常停止ボタンがあり、トイレにも駅員に助けを呼ぶボタンがある。

母も知らなかったし、ほとんどの人は知らないのかもしれないが、駅員室では30分~1時間ほど横になれる固いソファーとバケツの用意がある。私自身がひどい生理痛もちで苦しんでいたころ、大変お世話になりましたので、利用の流れを紹介しておく。

 

駅員室利用の流れ:

具合が悪くなったら、近くの乗客にお願いして、次の駅で降り、ホームで駅員を呼ぶ。

駅員から「駅員室まで歩けるか(肩は貸してくれる)?歩けないか?」を聞かれる。

おそらく安全上、ホームに残留することは許されないため、どちらかを決める。

ここで「動けない」と答えると、119番救急搬送される。なお、救急車のストレッチャーの締め付けはかなり不快で、階段も担がれておりるとぐらんぐらん揺れて相当気持ち悪くなる。

駅員室まで自力で移動できれば、ソファーで横になれる。

駅員室では水などはもらえないため、常にペットボトルを持ち歩くこと!(なぜか鎮痛剤はくれることがある)また、トイレは駅員室中のものを借りられえないケースがある。

30分に1回、駅員から声をかけられる。「救急車を呼ぶか?もう動けるか?」

ちなみに私自身がお世話になったときは、生理痛なので1時間頑張れば収まると伝えてもう少し休ませてもらっている。

回復したら「名前(と電話番号)」を書類に記入して終了。その後電話がかかってきたことはない。

 

我が家は、体調が悪化してからは家族が必ず付き添い、場合によっては家族が「席を譲ってくれませんか?」と座っている方にお願いしていた。また、当時は知らなかったが、世の中には「ヘルプマーク」などもある。癌患者はぜひ使うべきだと思う。

 

2.普通のタクシー、バス

これは運転手の腕による。乗っていると体が揺れて不快な運転や、なめらかじゃない停車をする人がいるのだ。特にいつもの病院ではない場所に行く場合、患者側も体にかかるGを予測できないので、吐く。転ぶ。近場、15分以内の場合にオススメ。

 

3.介護用タクシー

ストレッチャーで体を寝かせた状態で運んでくれる。しかし、転落防止のため拘束されれば不快である。

また、サスペンションが悪いのか、高級車のようななめらかな乗り心地は期待できない。うちの母は酔った。本人曰く「寝てるとより振動を感じる。」とのこと。地震でも震度1を感じるのは寝ていた人、座っている人は気が付かなかったりするものね。

 

4.飛行機

癌患者は、まず「お手伝いが必要なお客様」用の窓口に連絡しよう。出入口の傍やスペースの広い席に変更をお願いできる。

窓口の人は「主治医の許可は?」と確認するが、「通院のためなので、飛行機に乗ってでも来てといわれている」と伝える。

私が患者(癌なうえ、背骨3本骨折中)と付き添い2名分のチケットを取りたかった時、

ANAの窓口の人からは以下のように指示された。

まず通常のチケットを取る、そして、窓口に再度電話すれば希望の便の希望の席に振り替えてもらえる。私がチケットを取ったとき、既に該当席は埋まっていたが、振り替えは行われ、2人は一番前の座席になった。さすがに申し訳なく、「席を取っていた人になんて謝ったら良いのでしょうか?」と聞いたら、

「こちらで対応しますから大丈夫です。飛行機は公共交通機関です。配慮が必要な方に配慮するのが当然です。公共ですからね!」

また、空港内での車いすの手配もしてもらったし、長時間の体制保持が厳しいことを伝えると、可能な範囲で搭乗時間を最後にするといった対応も行ってくれた。

ちなみに座席も困難で、ストレッチャーを使いたいようであれば、便が夜遅くになったり1日1本になったりするので早めに相談しよう。

そして、重要なこと!
チケットは割高でも数か月間期間があるものを選ぼう。癌患者はすぐリスケになるので、振り替えられないとドブに捨てることになる。

 

5.新幹線

飛行機よりずっと車両が多く、本数も多いので、トイレの近くや広めの先頭座席を選びやすい。エクスプレス予約もできる。しかし、クレジットカード決済はお勧めしない。

切符発券後に癌患者が「体調がよくないのでリスケ!」と言い出すと、払い戻しをみどりの窓口で行うことになる。そしてクレジットカードで支払っているとカードがないと払い戻しができない。私は癌患者本人とは離れて住んでいたので、切符を一度実家に回収しに行った後、窓口にもっていかなければならなかった。

なお、飛行機だと電話一本でラクチンだった。

 

 自分で運転は危険なので極力避けてほしい。

途中で具合悪くなったら?運転中に失神して事故を起こした人に対する世間の反応を考えてみてほしい。癌患者はとかく自分が悪いと考えがちで、公共交通機関で人に迷惑をかけたら、と気後れするようだ。でも、自動車で事故を起こすことを考えたら、あえて公共交通機関を利用するのはたくさんの人の命を救っているといってもいい。

公共交通機関をつかうべきではない人は、迷惑をかけるかもしれないと引け目を感じる人ではなく、人から被るどんな迷惑も影響も一切許せないという人だ。

癌患者もそのほかの難病の人もどんどん公共機関に乗りましょう!

 

 

家族の癌で、介護休業を申請した話

 私は母の癌で介護休業を取って、その後復職した。

休職期間は約3週間、予期していなかったことだが、その間に母が亡くなったので、看取りを経て、職場に復帰した。

私は全社で100人未満の中小企業に勤めていて、これは社内で初めての介護休業であった。休職する前、何人かの年配社員に声をかけられた。「よくとったな」「俺はあの時取らなかったことを後悔している」「戻って来いよ、実績を作れ」。この先、取りたい人が取れるように、記録を残しておく。

 

ここでは、介護休業を取る前にしたことをまとめる。

1.人事に制度を聞く

2.家族に説明する

3.職場と調整する

 

1. 人事に問い合わせる

介護休業は取得者が少なく上司も経験がないので、人事に制度を確認してもらう必要がある。

・取得する資格があるか?

私の勤め先の場合は、介護保険「要介護3」認定でOKだった。もし、認定がなかったら事細かに状況説明や、自身のほかに介護にあたれる家族がいないことを説明しなければならなかった。末期癌の患者は、介護保険の申請をしておくことを強く勧める。

・取得予定日から何日前に申請しなければならないのか?

私の勤め先の場合は2週間前だった。癌は認知症よりも変化が急激なので、申請から取得までのタイムラグは非常に問題となる。仕事の状況によっては、短縮してもらえる。

 

 2.家族に説明する

介護休業は、癌患者本人も周りの家族にも取得者はほとんどいない。よって、誤解していることが多い。我が家の場合も3つ誤解を解く必要があった。

・誤解その1)介護休業を取ったらその期間中に死ななければならない

産休/育休に比べると介護休業は新しい。産休は出産予定日から逆算して取得し、実際の出産日に応じて延長されるため、そのイメージで判断したらしい。

そもそも介護休業は、「要介護者が十分な生活ができるように整える」ための休業であり、「介護をするための休業」ではない、と説明した。認知症だと介護が10年以上にわたることもあるのだから、介護をするために休んでいたら永久に仕事に戻れないよ、と。

・誤解その2)介護休業は会社員人生で一度しか取れない

パニックに陥った父が「俺の老後 は?母さんに使っちゃったら、もう取れなくなっちゃうじゃないか!」「俺がかあさんを看る、おまえが俺を看る」と言い出した。

介護休業は、父の介護、母の介護それぞれ別カウントだよ、それぞれにつき3か月とれるよ、と説明したら、すぐ落ち着いた。

長年連れ添った家族がいなくなるかもしれないのはとても怖い。一般的には高齢者は女の方が長生きなので、父も妻が夫を看取り、子供が妻を看取るイメージを持って、安心していたのだろう。それが、逆転して自分の老後が不安で仕方なかったようだ。

・誤解その3) 介護休業はまとめて3か月しか取れない

 癌患者本人が「ここぞ、という、一番しんどい時にとってほしい」と言う。

そして「明日申請して」と言ったと思ったら、翌朝「やっぱりいい、まだ頑張れる」と電話をかけてくる。

そこで「そもそも3回に分けてとれるよ、トータル3か月だよ。」「ちょっと試してみて、残りは取っておくこともできるよ。」「三か月以内なら予定期間より延長もできるよ。」と伝えた。

 

これでようやく癌患者および家族から「取って!今日申請して!」と言われた。

 

3.職場と調整

私自身は「家族が癌になった」ことを診断直後に職場に公表し、急変に駆け付けられる体制を取ってもらっていた。この点すごく感謝している。

癌患者の家族となってからおよそ1年、病状を報告しており、BSC方針となったことも知らせていた。

このため、介護休業取得して!と癌患者に言われ、上長に申請したいと伝えたら、1週間で休業に入れた。

 

 AzusaYama

癌患者と介護保険申請

40歳以上の末期癌の患者は介護保険が利用できる。延命治療ができないと診断された場合はまず拒絶されない。

この制度にはとても助けられた。

ここでは介護認定のメリットと我が家の認定までの流れを紹介する。

 

終末期の癌患者の家族としては、介護認定で受けたメリットは以下の3つである。

1.ベッドなど大型の備品も安くレンタルできる

2.医師だけでなく、ヘルパーさんにも助けてもらえる

3.家族が介護休業を取るのがスムーズ

 

1.備品レンタル

母の利用のきっかけは、すい臓がんの検査のために受けたMRIである。

この撮影時、身体を強く固定され、背骨を3本骨折した。もともと食欲不振で、骨がもろくなっていたのだろう。検査技師さんには予測もできない、まさかの骨折だった。

これがきっかけで、これまでの布団を床に直にひく生活が困難になり、母は悩み始めた。「もうBSC、いつ入院するかもわからないのに、ベッドを買うのは贅沢かしら?20万円くらいかけて私が死んだあと邪魔になるようなものを買うのは避けたい。ベッドってすごく大きいのよ」と深刻な顔をしていた。

介護保険を申請して電動のベッドをマットレス含めてレンタルしたら、起き上がり困難が解消されたようで心底安心した顔をしていた。背骨がひどい状態だったこともあり、マットレスの硬さで数回相談して交換してもらった。

癌患者は良い物があっても「もう死ぬんだし、もったいない。私にお金を使うなんて無駄だ」と自分を粗末にしてしまう。レンタルは受け入れやすかったようだ。

 

2.ヘルパーさん

癌で体力が落ちてきた母の入浴支援や洗髪などをお願いした。

母の部屋は2階、我が家の風呂場は1階であったが、背骨3本骨折では、階段の上り下りも一苦労である。

ヘルパーさんは簡易風呂を持参して2階での入浴を可能にしてくれた。

母曰く「すごいのよー!いきなりお風呂ができるのよ!至れり尽くせり。あんなすごい体験できるなんて!」とのことで、感激していた。

「あなたもやってもらいなさい!一生に一度は!」とまで進められた。

 

3.家族の介護休業

職場の介護休業は、癌患者の家族を前提としておらず、認知症などの老齢の方の介護を前提としている。

私の勤め先の場合は、いくつか適用条件があり、介護認定はその一つだった。

申請書に認定級数を書いてしまえば、診断書の添付や細かな説明などを省けるのでスムーズである。規定に則ているで、拒絶もされない。

 

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介護保険認定までは、3週間ほどかかった。そのフローと我が家の体験を書いておく。

1.地域包括支援センターに相談に行く

2.癌の主治医に意見書を書いてもらう

3.訪問面接

4.認定をせっつく

 

1.相談に行く

電話でアポイントを取り、その日すぐ癌患者の家族が出向き、センターで話を聞いてもらった。

この時、私から癌の診断からBSCと診断を受けた日付、現在の状況を説明した。

センター側からは確実に保険適用になるだろうということで、申請前からベッドのレンタルを開始できるよう取り計らってもらった。

その翌朝にはレンタル事業者がベッドを持って来てくれて、本当に助かった。フライングで利用させてもらえるなんて、相談に行くまで知らなかったよ。

 

2.主治医意見書

癌患者の場合は、癌の治療で通った主治医が意見書を書いてくれる。

骨が折れているからベッドをレンタルしたいとメモを添え、

診察予定のない日であったが、書類を預けて後日、引き取った。

 

3.訪問面接

癌の場合、本人の意思がはっきりしているので、介護認定の面接のときだけ、親がシャキシャキするという困ったミラクルは起きない。

ただし、これまで癌患者に付き添ってきた家族が見栄を張っていた。

「お料理もちゃんと考えたものを出している」「転ばないように配慮してライトを変えた」「こちらがちゃんと支えれば、骨折していても歩ける」などなど。普通は本人の見栄を介護者側が訂正するらしいので、まるで逆よね。癌患者を一番近くで支えるのは大変なので、認めてほしいという気持ちがあったんだろう。これまでの頑張りをダメだしされているようで不快だったんだろうね。

家族と患者それぞれから話を聞く時間を設けてもらい、正しく認識してもらうよう努めた。

 

4.認定をせっつく

これが長い。いつまでもいつまでも連絡が来ない。

相談から一週間が過ぎ、役所に電話したら、こうおっしゃった。

「本来は二週間後の会議で審査するんですが、癌の場合は緊急で対応することになっていて、来週の会議で審査予定です。」
いやいや、来週でも遅いでしょ。BSCって余命三か月でもおかしくないよね?と伝えたところ、その週の会議で「要介護3」と認定を出してくれた。

 

癌患者が元気になったらやりたいこと

母は重粒子線治療を受けていた。これは先進医療で国民健康保険の適用外。ベッド代などを含めると300万円以上かかる。

その重粒子線治療専門の病院へ入院している最中、母が同じ入院患者たちに、「重粒子で元気になったら、何をなさりたいですか?」と聞きまわった回答。

 

第一位 生前整理

第二位 旅行

第三位以下は無し!!

 

重粒子線治療は高い。よって、標準治療のみの癌患者と比べれば、そこそこお金を持っている人たちが集まっていると考えられる。おそらく、やりたいことに対して予算がそれなりにありそうな人たち。

彼らが元気になってしたいことが第一位が生前整理。あまりに露骨な言い方だけど、死ぬ前に片づけたいというのが延命治療の動機であるというのは、ちょっと衝撃だった。

まあ、サンプル数は10名ほどだけど。

 

旅行は元気な人も忙しい人も「暇になったら?」「お金があったら?」と聞かれたら挙げるだろうと予測できるので、癌患者のやりたいことリストに挙がるのはわかる。

 

でも、旅行と生前整理以外は無いというのも衝撃だった。

旅行は体力的に毎日行けるものではない。けれど、家族としてはそれ以外の日常ももっともっと楽しく遊んでほしい。

 

私と母(がん患者本人)は話し合い、生前整理については、「誰に何を残すか」だけにしようと決めた。

それで、その片付けの時間をできれば他の事に使いたいね、例えば、

・旅行しよう。

・おしゃれしよう。

・素敵な場所でお食事しよう。

・いい音楽を楽しもう。

・花を見に行こう。

・映画も見たいね。

・漫画は?

という話をした。

もちろん、生前整理が趣味です!という人もいるだろうけど、母も含めて大半の人はそうじゃない。でなきゃ、あんなに断捨離番組に出演する家族が次々と存在するはずがない。

母は体力の許す限りは楽しむことに貪欲で、それは家族にとっても光になった。心から楽しそうな癌患者の笑顔ほど、家族を励ますものはないと思う。