香りのお見舞いーある膵臓癌患者の嗅覚の遍歴

人間の嗅覚にはまだ未解明のことが多いので、この記事はただの忘備録として残す。

母はすい臓がんの病床において、気分転換を求めた。その一つが匂いである。

そしてあわよくば、匂いにより疼痛をやわらげたい、悪夢を見る時間を減らしたいと考えたようだ。そこでアロマの探索が始まった。

 

なお、最初に書いておくが、癌に効くアロマオイルはない。巷ではフランキンセンスが噂だが、あくまで無責任な噂に過ぎない。

当時の私の手帳には、

吐き気には、レモン、カモミール、ジンジャー、スペアミント、ペパーミント、クローブ、ブラックペッパー。

抗がん作用は、ローズ、ゼラニウムパルマローザ、ローズマリー

そして、でかでかと、

フランキンセンス

と書かれている。ネットで調べた情報(ガセネタ)である。

 

私は母とアロマを探索した中で「生活の木」に何度か立ち寄り、店員さんに「癌」の話をしたことがある。あくまで「グレープフルーツのように、『抗がん剤』と併用してはいけないものはないか?」と聞きたかっただけだ。しかし店員さんは、さっと体をこわばらせて「アロマは食用ではない」「薬機法に抵触するため、どの病気に効くなどという話はできないし、アロマは薬ではない」ときっぱりおっしゃった。再度「がんの種類によって苦手に感じる薬は無いか?」ときき、「匂いは人によって個人差があり、わからない点が多いのですよ」という話をして、ようやく購入である。

それまでに前述したアロマはすべて嗅がせてもらったが、ネット情報はすべて立証されていないものだと否定された。

生活の木」のように店舗をいくつも構えたちゃんとした店は、責任の持てないことを言わないし、患者やその家族に甘い期待を抱かせることで売ろうとはしないものだ。

 

以下は、本当に香りの好みは個人差があるうえ、体調によっても好みが変わるよね、という記録である。

 

1.ユーカリ

はじめはオーストラリア旅行から帰国した母の友人が、話のタネにと持ってきてくださったユーカリの乾燥した葉。

これは「爽やかというか草の落ち着いた匂い、面白い」という評価だった。

 

2.シトロネラ

蚊が嫌うアロマとして知られるシトロネラのアロマオイル。癖のあるレモンをツンとさせたような匂いで蚊が大嫌いな私があらかじめ持っていた。アロマに興味を示した母に提供したところ大変に不評で、「蚊だけじゃなくて私でも逃げたい」とのこと。

なお、私の体験上、蚊には効き目を感じないし、私にも刺激臭である。

 

3.ペパーミント

どこかのお土産としてもともと我が家にあったもの。患者曰く「すっとする良い香りだが、ヒリヒリする。あと、好きじゃない」とのこと。この頃患者は抗がん剤の副作用で掻痒に悩んでいた。皮膚が弱くなっていたようだ。

 

4.ライム

痛みを緩和したい、気分転換したいとう要望に応じて私がアロマショップ「生活の木」で購入してきた。すっきり爽やか、きりっとしているので良い気分転換になる、と思いきや不評であった。理由は精油が「有機溶媒に溶けたようなアルデヒト系というか、とにかく溶媒のにおいが残る」とのこと。水蒸気蒸留法なのに?どういうこと?

 

5.ゆず

ぐっすり安眠、リラックスなら、この甘さと汗のにおいがあるゆずでしょう!と私がライムとともに購入、ライムと同じ理由で不評だった。水蒸気蒸留法だよ。溶媒って使うんだろうか?せっかく苦い香りの残る圧搾法より高いものを選んだのに台無しである。

 

6.ローリエ

ライム、ゆずでげんなりしたため、キッチンにあったホールスパイス、ローリエの葉っぱをそのまま渡すが、「古くなっている?かび臭い気がする?」とのことで買い直す。「いい匂いね」と好評。

 

7.ラベンダー

オイルではなくドライフラワー。再び「生活の木」に出向いて購入。お茶用ティーバッグに入れて嗅ぐ。香りが弱いと文句を言うが、匂い自体は好きなようだ。

 

8.バラ

先進治療で入院した時、青山フラワーマーケットで「香りが少ないアレンジメント、お見舞い用」聞いて出してもらったらピンクのバラが入っていた。バラは香りが強い花の代表格だと思うので、店員さんのセンスが謎である。実際弱いが香りはあった。

「すごくきれいだけど、匂いで気持ち悪くなるかもと考えるだけでしんどい。離れたところにおいて」とのこと。見た目はすごく気に入ったようなので残念。

 

9.月下美人

我が家で育てていた月下美人が満開に。虫媒花なので花粉のべっとりするような甘い香りがする。私はいい匂いでお気に入り。癌になる前は母本人も好きだったはずだが、「匂いがくどくて気持ち悪い、服にも体にもまとわりつく」と嫌がり、シャワーを浴びていた。なお花が鈍い父は咲いたことにも気が付かないぐらいの香りである。

 

10.ティーツリー

ホスピスで、「アロママッサージはいかがでしょう?」とのお誘い、ありがたくお願いした。その時、10種類あるアロマオイルセットから母が選んだのが、ウッド系のティーツリーであった。隣で匂いを嗅いでいた私が「ローズ」か「オレンジ」を薦めたが、母は「甘すぎる、むせ返る」と嫌がり、きりっとした「ティーツリー」でマッサージを打行けた。親子でも香りの好みは全然違うのである。食べ物の好みはそっくりなのに。ちなみに私はティーツリーがどうも苦手で施術中にそーっと部屋から抜け出す羽目になった。

 

結論:

もし誰かに香りのギフトをおくるなら、10種類以上匂いがあるお試しセットのようなものを送ること!匂いの好みを当てるのは困難極まりないため。

そして、癌に効くアロマはない。香り成分は鼻から取り込まれ脳に直接触れる、未知の領域が多いなど様々なそれらしい理由が挙げられているが、本当に効くなら製薬業界がもっとしっかり検証し商品化するはずである。

そして、もし効果が立証されたら、ニプロの「経鼻投与デバイス」とか「ネブライザー」とかもっと確実に鼻へスプレーする方式に切り替えるでしょうね。空中に漂わせてから吸うのではなくて。